硝子の破片と、春の塵

日記

夜風が少しだけ、湿った土の匂いを運んできた。
冬の残党が吐き捨てた最後の溜息に、
微かな甘い毒が混じる。
それを世間は「春」と呼ぶらしいが、
俺の肺には、ただ重く沈殿するだけだ。
見上げれば、都会の煤に汚れた夜空。
輝きを忘れた星どもが、
砕け散った硝子の破片のようにバラ撒かれている。
「星屑」なんて小洒落た名前をつけた奴は、
きっと路地裏の泥を舐めたことがないんだろう。
あいつは、指先でその光をなぞりながら笑った。
「春の星は、どこか頼りないね」と。
確かにそうだ。
冬の鋭さもなく、夏の傲慢さもない。
ただ、季節の変わり目に翻弄されるだけの迷い子たち。
俺はコートの襟を立て、
安物のライターで煙草に火を点ける。
揺れる炎の向こう側、
届くはずのない光の死骸たちが、
アスファルトの上の水溜りに落ちていた。
救いなんてものはない。
明日になれば、この星屑も、あいつの残り香も、
暖かな陽光に飲み込まれて消える。
春が来るたび、俺たちは少しずつ、
何かを決定的に失っていくんだ。
最後に一口、煙を吐き出した。
灰皿に落ちたのは、星の欠片か、それともただの燃えカスか。
夜が白む前に、俺はまた、
名前のない次の街へ歩き出す_


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