面倒な客

日記

裏切りの夜風が、俺のトレンチコートの襟を鳴らす。
行きつけの寂れたバー、カサブランカ。
カウンターの隅、影を飲み干す俺の隣に、その男は座った。
奴が口を開けば、話はいつも同じ。
「この前、ドバイのVIPルームでさぁ」
「昨日、ロレックスの限定モデルが、また増えちゃってね」
「俺の部下ってやつぁ、まったく優秀すぎて困る」
薄っぺらい金箔を貼ったような自慢話が、グラスの氷が溶けるより速く、延々と紡がれる。
奴の目には、俺という人間は映っていない。
ただの、自慢を聞かされる「音響設備」だ。
男はまた、高級な葉巻の煙をふかしながら、自分の手柄を語る。
まるで自分が映画の主役だとでも思っているような、安っぽい台詞の羅列。
俺はバーボンを口に含み、黙って聞くふりをする。
男の美学?
そんなもんは、ここにはない。
ただの、自分語りという名の終わらない刑務所。
「……でさ、俺の年収、また跳ね上がっちゃってさぁ」
奴がグラスを置く音は、軽い。
中身がない男の、軽い音だ。
俺はゆっくりと立ち上がり、会計を済ませる。
男が「おい、まだ話の途中だぜ?」と引き止めるが、振り向かない。
夜空を見上げ、タバコに火をつける。
静寂だけが、俺の唯一の相棒だ。
あの男の自慢話より、雨の匂いの方が、ずっとマシな物語を聞かせてくれる。
クソみたいな自慢話が、夜霧に消えていく。
俺はただ、俺の道を行くだけだ。


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