眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

夢の代償、空(から)の指定席

日記

彼女が欲しがっていたのは、宝石でも異国のドレスでもなかった。
夕暮れの「ウミノ」で、ミルクセーキを飲みながら、
彼女はただ、俺のネクタイが真っ直ぐに直される朝を、
地に足のついた、退屈で、けれど確かな明日を願っていたんだ。
「あなたはいつも、とんでいるから」
その言葉は、SOSだった。
俺をこの地上に、彼女の隣に繋ぎ止めておくための、
精一杯の手綱だったのだと、今ならわかる。
だが当時の俺にとって、夢は麻薬と同じだった。
サラリーマンの背広より、風に吹かれる自由なシャツを選び、
彼女の指をすり抜けて、どこまでも高く、遠くへ。
十六番館から見えた、あの燃えるような稲佐山の夕日は、
俺たちの「若さ」という燃料が燃え尽きる、最後の輝きだったんだ。
俺は自分の生き方を変えなかった。
いや、変えられなかった。
翼をもぎ取って地に降りる勇気が、あの時の俺にはなかった。
それが、彼女の手を離した本当の理由。
そして、彼女を一人、死という静寂へ向かわせた遠因。
今、俺は一人、当時の俺が軽蔑していた「現実」のなかに立っている。
石畳を踏みしめる靴は重く、背負った月日はさらに重い。
ようやく地に足がついたとき、
隣で叱ってくれるはずの彼女は、もういない。
アイスコーヒーの氷が溶けて、黒い液体が薄まっていく。
俺が守り抜いた「自分らしい生き方」なんて、
結局、お前のいない世界では、ただの虚しい浮遊でしかなかった。
さらば、俺の美しいブレーキ。
お前が願った「普通」になれなかった俺を、
どうか空の上から、いつものように呆れて笑ってくれ。


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  • とまとボム

    とまとボム

    2026/05/08 00:41:54

    私は旅が好きで独りであちこち出かけています。
    長崎はいつか行きたいと思っている場所の一つですが、
    稲佐山に行った時、この物語を思い出すかもしれません。
    今夜も哀しくも素敵な物語をありがとうございます。