5月の霧、錆びた真鍮、ビリーの傷痕
重い木製のドアを押し開けると、
湿った霧の代わりに、安煙草とバーボンの匂いが私を迎えた。
湿った霧の代わりに、安煙草とバーボンの匂いが私を迎えた。
店の隅の古びたスピーカーから、ビリー・ホリデイが流れている。
彼女の歌声は、まるで私の胸の古傷を、
目の粗いやすりでゆっくりと削るように響く。
五月の夜だというのに、
この店の中だけは、永遠に終わらない十一月のままだ。
彼女の歌声は、まるで私の胸の古傷を、
目の粗いやすりでゆっくりと削るように響く。
五月の夜だというのに、
この店の中だけは、永遠に終わらない十一月のままだ。
カウンターの奥、磨き上げられたグラスの列。
バーテンダーは何も訊かず、いつもの琥珀色の液体を差し出す。
氷がグラスの壁に当たり、
カラン、と乾いた音を立てて砕けた。
その音は、かつて私が手放した、いくつかの約束の音に酷似している。
バーテンダーは何も訊かず、いつもの琥珀色の液体を差し出す。
氷がグラスの壁に当たり、
カラン、と乾いた音を立てて砕けた。
その音は、かつて私が手放した、いくつかの約束の音に酷似している。
ターンテーブルの上で、レコードの針がチリチリと微かな悲鳴を上げる。
ビリーが歌う「アイ・アム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」。
馬鹿げた愛を乞うその声は、
霧の彼方から聞こえる霧笛よりも、ずっと残酷に男の孤独を暴き立てる。
ビリーが歌う「アイ・アム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」。
馬鹿げた愛を乞うその声は、
霧の彼方から聞こえる霧笛よりも、ずっと残酷に男の孤独を暴き立てる。
私はグラスを傾け、喉を焼くアルコールに身を委ねる。
ドアの向こうで、また深い霧が街を飲み込んでいく。
だが、このブルースが鳴り止むまでは、
私も、私の過去も、まだどこへも行く必要はない。
ドアの向こうで、また深い霧が街を飲み込んでいく。
だが、このブルースが鳴り止むまでは、
私も、私の過去も、まだどこへも行く必要はない。