月光の森のしらべ
一
だれも知らないみどりの森の
しづかな夜の ひかりのしづく
梢をぬらして あふれるものは
むかし僕たちがわすれた歌だ
だれも知らないみどりの森の
しづかな夜の ひかりのしづく
梢をぬらして あふれるものは
むかし僕たちがわすれた歌だ
おまへの髪に 月光(つきかげ)がふり
やさしい指が ともしびを消す
そのときかすかに 風のひびきが
ぼくらのまはりで 輪を踊るだらう
やさしい指が ともしびを消す
そのときかすかに 風のひびきが
ぼくらのまはりで 輪を踊るだらう
二
青いあざみの しをれる蔭に
あまたの星の またたきが湧き
微風(そよかぜ)はただ ささやいている
すべては夢の あわひのこと、と
青いあざみの しをれる蔭に
あまたの星の またたきが湧き
微風(そよかぜ)はただ ささやいている
すべては夢の あわひのこと、と
おまへのひとみに 涙がひかり
私の胸に 夜がひろがる
月光(つきかげ)の森の 遠いしらべは
さよならのやうに あまくせつない
私の胸に 夜がひろがる
月光(つきかげ)の森の 遠いしらべは
さよならのやうに あまくせつない
眠
2026/06/04 09:34:32
> 蜜翡さん
1本の線としてつながる解釈私たちは自由に生きる:人生にはあらかじめ決められた「完成形(詩の終わり)」はありません。私たちは誰もが、自分の意志で日々を紡ぐ詩人です。いま、この瞬間を愛する:終わりや目的がないことは、虚しいことではありません。むしろ、終わりがないからこそ、いま言葉を紡いでいる「この瞬間」を全力で愛し、肯定できます。変化し続ける美しさ:世界は常に変わり続けます。完成させて固定するのではなく、未完成のまま変化し続けること自体が、生命の本来の姿(真理)です。つまり、終わりのみえない詩とは、「ゴールに到達することではなく、歩み続けること自体が人生の美しさである」という強い生の肯定を表しています。
終わり(ゴール)がないからこそ、いま生きるプロセスそのものに絶対的な価値がある」ということです
ジャン=ポール・サルトルが提唱したように、人間にはあらかじめ決められた本質がありません(実存は本質に先立つ)。終わりの見えない詩は、「人生という白紙のキャンバスに、自ら言葉を紡ぎ続けること」のメタファーです。意味や目的(=詩の終わり)が最初から用意されていないからこそ、私たちは自由に自分自身を定義し続けることができます
目的や終着点がないという虚無(ニヒリズム)に絶望するのではなく、「そのプロセスそのものを愛し、何度でも詩を詠み続けること(アモール・ファティ:運命愛)」こそが、究極の生の肯定であると解釈して下さい 失礼いたしました。
蜜翡
2026/06/04 03:50:53
ページを捲る度に、詩が朧げに変わらない物語を終わりがみえない位に謳っている、印象です。