眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

黒いコートの男

その他

激しい雨が、波止場のコンクリートを黒く染めていく。
男は一人、海を見つめて立っていた。
米軍の古い放出品だという、漆黒のトレンチコート。
大きく立てた襟が、容赦なく吹き付ける潮風を遮っている。
汚れ一つないそのコートは、泥にまみれたこの港町で、奇妙なほど気高く見えた。
耳の奥で、またあの「エターの歌」が響き始める。
  【エターの歌】
 満ちる潮は 鉛の味
 乾く喉に 毒を注げ
 夜が明けても 誰も来ない
 お前はここで 朽ちてゆく
男は、ゆっくりと振り返った。
その動きは、驚くほど静かで、そして綺麗だった。
濡れた黒髪の隙間から、凍りついたような鋭い瞳がのぞく。
男の端正な横顔には、この町の誰もが持っていない、激しい過去の傷跡が隠されているようだった。
「……またその歌か」
男は低く、掠れた声で呟いた。
ポケットに深く突き込まれた両手は、決して武器を握るためではない。
ただ、去っていった者たちの体温を、そこに閉じ込めているだけだ。
「この町は、歌で人を溺れさせる。だが、俺の耳はもう、別の声しか聴かないと決めているんだ」
男の着るブラックのトレンチコートが、風に激しく翻る。
その漆黒の背中は、まるでこの町のすべての闇を一人で背負っているかのように、孤独で、そして美しかった。

_「振り返るな。俺の背中には、ろくな思い出が写っていない」_

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