眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

光の記憶、あるいは夜明けの歌

日記

I. 蛍の丘
雲はちぎれて空はみづいろに澄み
丘の小径をふりかへり見れば
草の葉末にちひさな火屋(ほや)がともる
風はなやかに木々の梢をゆする
いつか失はれたあの日の約束が
もいちどめぐりくる季節のなかで
おもひでのやうに野辺をただよふ
かなしみを忘れたやうにまたたく
ああ それは過ぎし日の夢のあかし
くらい夜のしじまに息をひそめ
あのひとの肩のぬくもりをさがす
II. 満月の小川
山の端(は)に大きな月がのぼるとき
小川のせせらぎは銀のすずに似て
満月の青いひかりをくだいて流れる
くさむらの影からあふれだすものは
よるのしじまをたたくひかりのつぶ
ひとつが燃えれば またひとつが応へ
水面のつきかげをまたいでゆく
それは見えない楽師たちのかなでる
やさしくかなしい夜の協奏曲(コンチェルト)
月影は青くつややかに流れて
蛍の火はかなしみの鍵盤をたたく
私はただ静かにそれを見つめていた
III. 廃墟の教会
森の奥の 古い教会の窓からは
ただ寂しい鐘の音がひびいてくる
あんなにも優しかったおもひでが
この夜のつめたい水面(みなも)にくだけ
もう二度ともどらないと告げてゐる
月は西へ傾き 蛍の火も消えゆけば
廃墟の教会はあわい霧につつまれる
くづれた壁のすきまを抜ける風は
だれもいない堂内に白くあふれる
あんなに悲しく響いていた鐘の音も
いまは朝のひかりのなかに溶け去り
壊れた窓からはみづいろの空が
しづかに しづかにひろがってゆく
IV. 朝の光のなかへ
ああ 夜のあいだのすべてのかなしみは
小川の水面が朝日にきらめくやうに
新しい光のなかで洗はれてゆく
道ばたの草は露にぬれて光り
古いレンガのすきまに草は萌え
小鳥たちのちひさなうたがはじまる
私はただ
その光のなかを歩きだす
ひとつの夜が明けてゆくまでの、ちひさな旅の記録をここに書き終へました。
私はただ、あの風のわたる丘に立ち、そこから見えたものを、聴こえたものを、ありのままにノートに書きとめていたに過ぎません。くさむらにまたたく蛍のひかりは、むかし誰かと交わした約束のやうに、はかなく、そして優しくまたたいていました。小川の水面(みなも)でくだける満月のあかるさは、まるで冷たい鍵盤のやうに、夜のしじまに音楽をかなでていたのです。
森の奥の、だれもいない廃墟の教会から聴こえたやうな気がした、あのかなしい鐘の音――。それはきっと、私の心のなかにずっと眠っていた、過ぎ去った日々の記憶だったのかもしれません。人はだれしも、心のなかにひとつの古い建物を持ち、そこで引き止めることのできない幸福の影を、いつまでもいとおしんでいるものでせう。
けれど、夜はかならず明けるものです。月が傾き、蛍の火が消え去ったあとに訪れる朝のみづいろの空は、すべてのかなしみをあたたかく洗ひ流してくれました。
このちひさな詩編が、見知らぬあなたの夜の枕もとに、そっと寄り添うささやかな風のやうなものでありますやうに。
風をあつめて
草稿のすみに_        眠りの森 https://ameblo.jp/nemuri00/


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