眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

六月の窓 5

小説/詩

しとしとと降る六月の雨の音のすきまに
宿の古い柱時計が ただひとつ時を刻んでゐる
カチ、コチ、と さびしい規則正しさで
それは失はれた時間を 呼び戻すかのやうに
窓の外には エメラルドグリーンの湖水面
あわいパステル画の色彩が 静かににじみ
雲のきれまから ひそやかに架かる七色の虹
そのはかない美しさを 水底へ深く沈めながら
ひとつの孤影が 木立のオルガンの響きにのせて
濡れた草の径(みち)を あてもなく去ってゆく
ふりかへることもない そのうしろ姿
時計の針が進むたび 虹はあわく消え去り
私はただ 窓辺で雨の歌をききながら
あの日去っていった 美しい面影を夢みてゐる

結びの散文
雨はまだ、あきらめたやうに降りつづいてゐる。窓のガラスを濡らすしづくのむかう、エメラルドグリーンの湖面に淡くひろがったパステル画の色彩は、いつの間にか夕暮れの灰色に溶け去らうとしてゐる。
さつきまで空のきれまに浮んでゐた七色の虹も、あのひそやかな孤影も、今はもうどこにも見出せない。ただ、古びた宿の暗がりに、柱時計の規則正しい足音だけが、まるで忘却を拒むかのようにカチ、コチと響きわたってゐる。
私はインクの乾きかけたノートを閉じ、そっと息をつく。すべては一篇の夢であって、あのひとが遠い木立のオルガンの音に誘はれて去っていったのも、私のこころが作り出した幻影にすぎなかったのかも知れない。それでも、雨の音にひたされたこの静寂のなかで、私はたしかに、失はれた美しい面影の、かすかな残り香にふれてゐたのだ。
窓の外は、しづかに夜の帳(とばり)が降りてゆく――。


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