眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

不協和音(モンク)が響く溝(ドブ)の底で

日記

波止場のスピーカーから零れる、不協和音。
セロニアス・モンクの『Round Midnight』が、冷たい霧を切り裂いていく。
すべてを失った「俺」は、一人の老人の贖罪を背負い、
十何年ぶりに、潮風に朽ちていく故郷の港町へと降り立った。
背中に触れた、旧友の巻尺(メジャー)の冷たさを思い出す。
「よせ、あの服にはこの町の誰もが触れたがらない呪いが眠っている」
だが、丘の上の老人ホームで、死を待つだけの老人は泣いていた。
「あれは、私が生きるために裏切った、友の魂なのだ」
出撃を拒み、生き残ってしまった特攻兵の、それが最後の願いだった。
辿り着いたのは、波音だけが響く「見捨てられたドック倉庫」。
錆びついた扉を押し開ければ、死んだ時間が一気に吹き出す。
闇の奥、埃まみれの木箱の中に、それは静かに眠っていた。
旧陸軍の特攻服。
日の丸の寄せ書き、染みついた硝煙、裏切りという名の、生への執念。
セロニアスが叩く、重く、引きずるようなベースライン。
まるで、死に損なった男たちの、不揃いな足音のように。
幻聴のように耳の奥で、生き残った老人の最後の言葉が、モンクの歪んだコードと重なり合う。
「私はただ、生きたかった。恥をさらして」
だが、すべては一足遅かった。
特攻服を抱え、息を切らせて駆け上がった丘の上の老人ホーム。
老人はもう、あの部屋にはいなかった。
施設の裏手、冷たい雨の滴る薄暗い溝(ドブ)の底で、彼は冷たくなっていた。
最期まで這いつくばり、恥をさらし、生に抗い続けた男の、それが燃え尽きた骸(むくろ)。
正しい鍵盤を叩くように生きられる人間など、どこにもいない。
老人の人生も、俺の人生も同じだ。
いつも半音だけ外れて、泥にまみれて、ここまで流れてきた。
俺は冷たい溝の傍らに、そっと特攻服を掛け置く。
友の魂を、やっとその背にまとわせるように。
不協和音が鳴り止まない、冷たい雨の街。
俺はトレンチコートの襟を立て、一人、次の夜へと歩き出す。_


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