眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

霧の不文律

人生

トレンチコートの襟を立てた背中が、冷たい河風に濡れていた。
街は煙る。
デューク・エリントンのピアノが残した微熱は、すでに乾いた舗道の上で消えかけている。


鍵盤の澱(おり)、
ビリーの描いた不協和音の残響。
橋脚(きょうきゃく)を打つ黒い波は、
誰にも言えない過去の死骸をどこかへ運んでいく。
ポケットのライターが鳴る。
火はつかない。
闇の中に浮かぶのは、あの夜の冷酷な瞳と、
すれ違いざまに香ったバーボンの匂いだけだ。
「綺麗事(きれいごと)は夜に捨てろ」
サックスの低音が肋骨(ろっこつ)を揺らす。
橋の向こうにランプの赤が点滅し、
俺は再び、霧のなかに溶けていく。
仕事は終わった。
すれ違う誰もが、俺の顔を見ない。
俺もまた、誰の目も見ない。
世界から色が抜け落ち、すべてが冷酷なモノクロームへ還っていく。
部屋に戻れば、またあの鳥籠がある。
カナリアは、主人(あるじ)の沈黙を知っている。
孤独は、誰にも分かち合えない。
愛も、憎しみも、触れれば指先から凍りついてしまう。
霧が部屋の窓を白く塗りつぶす。
俺は帽子を脱ぎ、ベッドに深く身を沈めた。
時計の針が刻む音だけが、
この世界に俺が存在している、唯一の証明だった。


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