霧の不文律
トレンチコートの襟を立てた背中が、冷たい河風に濡れていた。
街は煙る。
デューク・エリントンのピアノが残した微熱は、すでに乾いた舗道の上で消えかけている。
鍵盤の澱(おり)、
ビリーの描いた不協和音の残響。
橋脚(きょうきゃく)を打つ黒い波は、
誰にも言えない過去の死骸をどこかへ運んでいく。
ビリーの描いた不協和音の残響。
橋脚(きょうきゃく)を打つ黒い波は、
誰にも言えない過去の死骸をどこかへ運んでいく。
ポケットのライターが鳴る。
火はつかない。
闇の中に浮かぶのは、あの夜の冷酷な瞳と、
すれ違いざまに香ったバーボンの匂いだけだ。
火はつかない。
闇の中に浮かぶのは、あの夜の冷酷な瞳と、
すれ違いざまに香ったバーボンの匂いだけだ。
「綺麗事(きれいごと)は夜に捨てろ」
サックスの低音が肋骨(ろっこつ)を揺らす。
橋の向こうにランプの赤が点滅し、
俺は再び、霧のなかに溶けていく。
サックスの低音が肋骨(ろっこつ)を揺らす。
橋の向こうにランプの赤が点滅し、
俺は再び、霧のなかに溶けていく。
仕事は終わった。
すれ違う誰もが、俺の顔を見ない。
俺もまた、誰の目も見ない。
世界から色が抜け落ち、すべてが冷酷なモノクロームへ還っていく。
俺もまた、誰の目も見ない。
世界から色が抜け落ち、すべてが冷酷なモノクロームへ還っていく。
部屋に戻れば、またあの鳥籠がある。
カナリアは、主人(あるじ)の沈黙を知っている。
孤独は、誰にも分かち合えない。
愛も、憎しみも、触れれば指先から凍りついてしまう。
カナリアは、主人(あるじ)の沈黙を知っている。
孤独は、誰にも分かち合えない。
愛も、憎しみも、触れれば指先から凍りついてしまう。
霧が部屋の窓を白く塗りつぶす。
俺は帽子を脱ぎ、ベッドに深く身を沈めた。
時計の針が刻む音だけが、
この世界に俺が存在している、唯一の証明だった。
俺は帽子を脱ぎ、ベッドに深く身を沈めた。
時計の針が刻む音だけが、
この世界に俺が存在している、唯一の証明だった。