硝子の川、あるいは彼女の涙
夏の夜気は、湿った銃弾のように重い。
錆びついたボラード(係留柱)に腰をかけ、
俺は冷めきった煙草に火をつけた。
錆びついたボラード(係留柱)に腰をかけ、
俺は冷めきった煙草に火をつけた。
揺れる波頭が、月光を鋭く撥ね返している。
まるで、あいつが最後に浮かべた、
あの酷く冷ややかな微笑の刃のように。
まるで、あいつが最後に浮かべた、
あの酷く冷ややかな微笑の刃のように。
「今さら、戻りたいなんて言うなよ」
潮騒の隙間から、古いハスキーな歌声が聴こえる。
夜のラジオが流す、ジュリー・ロンドン。
泣いてみせろと、あいつは歌う。
川のように、溢れるほどの涙を流してみせろと。
夜のラジオが流す、ジュリー・ロンドン。
泣いてみせろと、あいつは歌う。
川のように、溢れるほどの涙を流してみせろと。
裏切りは、この街じゃ日常茶飯事の挨拶だ。
だが、あいつの嘘だけは、
俺の胸の奥に、消えない弾痕を残した。
だが、あいつの嘘だけは、
俺の胸の奥に、消えない弾痕を残した。
波止場に打ち寄せる波は、黒いインクのようだ。
過去をすべて塗りつぶすための、夜の帳。
あいつが流すはずの涙で、
この海が満ちていく。
過去をすべて塗りつぶすための、夜の帳。
あいつが流すはずの涙で、
この海が満ちていく。
「泣きなよ、ハニー。俺がそうしたように」
紫煙が月明かりに溶けて消える。
俺は吸い殻を、夜の海へと弾いた。
小さな水音が、静寂に吸い込まれていく。
感傷なんてものは、この波止場の底に、
錨と一緒に沈めてきたはずだった。
俺は吸い殻を、夜の海へと弾いた。
小さな水音が、静寂に吸い込まれていく。
感傷なんてものは、この波止場の底に、
錨と一緒に沈めてきたはずだった。