らてぃあ

自作小説倶楽部8月投稿

自作小説

「再生」


息苦しさとともに意識が浮上した。
身体ははいから重いが血液が手足を巡り、肺から息を吐き出す。干からびかけた泥から身を引きはがすように男は目を開けた。
しかし目に映るのは漆黒の闇ばかりだった。原始的な恐怖に一瞬身をすくませ、身体の下の石畳の感触に自分が人工的な建造物のどこかに居ることに気づき少し落ち着く。
ゆっくりと身を起こして座る。ひどく身体がこわばっていた。自分はどのくらいここに寝ていたのだろう。両手を上に伸ばしてゆっくり立ち上がってみる。中腰になったところで天井に手が着いた。手を横に伸ばしてみる。左手が凹凸のある壁に触れた。
ひやりとして手を引っ込める。
人間の手で触れることも遺跡にはダメージになることがある。
これは遺跡じゃないか?
無暗に触れてはいけない。
発掘の最中に何か事故があったのだろうか?
発掘のスケジュールを思い出そうとしたが駄目だった。
やっと記憶が損なわれている可能性に気づく。
俺の名前はレナード・ーーー Ⅹ大学の大学院生、考古学専攻、、
思いつくまま自分のプロフィールをつぶやく。
恋人の名前をつぶやくと急速な孤独感に襲われた。まるで冷たい地のそこに吸い込まれるような気分だ。気が付くと泣いていた。
今は泣いている場合じゃない。と手の甲で涙をぬぐう。
違和感。自分はこんなに節くれた手をしていただろうか。浮き出た血管も多い。
身じろぎすると左足の横に何かが当たった。拾い上げると、一瞬長財布かと思ったそれは薄いケースのようなものだった。合成皮のカバーを開くと鏡のようなつるりとした面が現れる。
自ずと親指で側面のスイッチを押した。
「女神に感謝しろ」
感謝?こんないたずらをする人間に心当たりはない。

これが携帯電話だということは理解できた。
充電に余裕があるのを確かめて画面の明かりで壁面を照らす。
酷く損傷した壁画だったがわずかに残った輪郭には見覚えがあった。円のなかの世界をのぞき込む女神だ。彼女は死と再生を司る女神だと推測されている。円の中では男女が生まれ変わろうとしている。
損傷前、最初にこれを見た時、彼は女神を美しいと感じ、古代人の思想を世に知らしめしたいと考えた。
電話器のマークをタップして、警察に電話しようとして手が止まる。
大事にはしたくない。覚えている個人番号に電話する。
携帯番号は利用なしのメッセージが流れた。
おかしい。数日前、話したばかりなのに、違和感。
仕方なく彼女の実家の番号に掛けた。
ややあって「もしもし」と応答があった。
「あの、私はレナードーーともうしますが、」
「まあ、レナード? 何なの?」
息を呑む、かすれているが彼女の声に違いなかった。風邪でもひいて実家に帰っていたのだろうか。さらに、彼女の声には警戒の色があった。
「聞いてくれ。俺は今、閉じ込められているんだ」
「何のトラブルよ?」
「わからない。何かの事故かと思うんだか、覚えてないんだ。こんな時で申し訳無いが言っておきたい。君と一緒に生きたい。結婚して欲しい」
彼女が息を呑む気配があった。そして狼狽。
「何言ってるのよ。あなた本当に忘れちゃったの?  結婚どころかもう夫婦じゃないのよ。ああ、もう、とにかく警察にあなたを保護してもらうわ」

A郡A町の遺跡に男性が閉じ込められ、救出されるという事件が発生した。
肝心の男性は記憶喪失で原因はわかっていない。
男性はかつて考古学者の卵だったが二十年前のねつ造事件の首謀者C教授の教え子だったことから学者への道を閉ざされた。十年前に離婚してからの生活はわかっていない。


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