破壊の月
I. 宿命(おとづれ)
青い夜の底から、しづかに、
ひとつの、冷たい火がのぼる。
それは、僕たちの古い家を、
そのやさしい影ごと、焼きつくすために。
ひとつの、冷たい火がのぼる。
それは、僕たちの古い家を、
そのやさしい影ごと、焼きつくすために。
あゝ、あれは僕の夢を喰ふ月。
銀の、するどい、あやしい刃。
見なれた窓も、ひそやかな庭も、
みな透きとほる灰に、かへってゆく。
銀の、するどい、あやしい刃。
見なれた窓も、ひそやかな庭も、
みな透きとほる灰に、かへってゆく。
さよなら、僕が愛した小さなものたち。
美しかったものは、みな、
ただ一度、はげしくこはれる。
美しかったものは、みな、
ただ一度、はげしくこはれる。
あとにのこる、うつろな光のなかで、
僕は新しく、哀しい歌を、
口ずさみ、どこへ歩いてゆかう。
僕は新しく、哀しい歌を、
口ずさみ、どこへ歩いてゆかう。
II. 崩壊(ひかりのなかで)
風は、僕の知らない言葉をはこび、
ちぎれた雲は、あわただしく流れる。
あそこでは、僕のたいせつな過去が、
きらめきながら、こなごなに砕けてゐる。
ちぎれた雲は、あわただしく流れる。
あそこでは、僕のたいせつな過去が、
きらめきながら、こなごなに砕けてゐる。
月は、冷徹なひとみのやうに、
すべてを見下ろし、ただ微笑むばかり。
追憶のテラスも、青いインクのノートも、
いまはもう、光のなかの幻。
すべてを見下ろし、ただ微笑むばかり。
追憶のテラスも、青いインクのノートも、
いまはもう、光のなかの幻。
すべてを失ふことは、これほどまでに、
しづかで、ただ美しいことだったらうか。
涙さえ、乾いた砂に吸われて消える。
しづかで、ただ美しいことだったらうか。
涙さえ、乾いた砂に吸われて消える。
おまへを責める言葉を、僕は持たない。
ただ、すべてが過ぎ去ったあとの、
この透明な夜のなかに、立ち尽くしてゐる。
ただ、すべてが過ぎ去ったあとの、
この透明な夜のなかに、立ち尽くしてゐる。
III. 忘却(あたらしき朝へ)
夜がひそかに、その重い扉をひらくとき、
破壊の月は、西の山辺へと傾いてゆく。
あとに残されたのは、ひろがった荒野と、
僕の、小さな、ふるえる影法師。
破壊の月は、西の山辺へと傾いてゆく。
あとに残されたのは、ひろがった荒野と、
僕の、小さな、ふるえる影法師。
もう、なにも呼び戻すことはすまい。
こはれたものは、こはれたままでいい。
僕はポケットのなかに、ひとひらの灰を入れ、
誰も知らない、あたらしい道をえらぶ。
こはれたものは、こはれたままでいい。
僕はポケットのなかに、ひとひらの灰を入れ、
誰も知らない、あたらしい道をえらぶ。
さよなら、僕のやさしかった過去(きのふ)。
月が連れ去った、あの美しい部屋よ。
僕はもう、ふり返ることをやめよう。
月が連れ去った、あの美しい部屋よ。
僕はもう、ふり返ることをやめよう。
東の空が、淡い茱萸(ぐみ)色にそまる。
あたらしき朝の、つめたい風のなか、
僕は最初の、一歩をふみだす。
あたらしき朝の、つめたい風のなか、
僕は最初の、一歩をふみだす。