連作詩『月よりの使者』
I. 青い手紙
銀色の馬車が 夜の梢をすぎてゆく
誰も気づかない しづかな時刻(とき)に
窓をひらいて待つてゐる 僕のために
見知らぬ國の あおい手紙をたづさへて
誰も気づかない しづかな時刻(とき)に
窓をひらいて待つてゐる 僕のために
見知らぬ國の あおい手紙をたづさへて
それは君の まだ知らない物語
透明な記憶の底に 沈んでゐたもの
使者はそつと 机のうえにそれを置き
冷たい指先で 僕のまぶたを閉ぢてゆく
透明な記憶の底に 沈んでゐたもの
使者はそつと 机のうえにそれを置き
冷たい指先で 僕のまぶたを閉ぢてゆく
あしたの朝 目覚めるときには
すべては淡い夢のやうに 消えてゐるだらう
けれど僕の心は なぜだか少しだけ
すべては淡い夢のやうに 消えてゐるだらう
けれど僕の心は なぜだか少しだけ
満ちてゆく海のやうに しづかだ
窓辺にのこる ひとすじの光を
僕はだまつて 見つめてゐる
窓辺にのこる ひとすじの光を
僕はだまつて 見つめてゐる
II. 渚にて
あふれるやうな月光のなかを
使者はひとりで 歩いていつた
風の鳴る 林のほうへ 海のほうへ
僕の小さなため息を その肩に背負つて
使者はひとりで 歩いていつた
風の鳴る 林のほうへ 海のほうへ
僕の小さなため息を その肩に背負つて
「忘れてしまひなさい」と
残された足跡が ささやいてゐる
すべてを夜の 深い闇にゆだねて
僕らはただ 美しい朝を待てばいい
残された足跡が ささやいてゐる
すべてを夜の 深い闇にゆだねて
僕らはただ 美しい朝を待てばいい
波の音だけが 規則正しく
僕たちのあいだの 距離をはかつてゐる
使者はもう ふりむかない
僕たちのあいだの 距離をはかつてゐる
使者はもう ふりむかない
あおい外套のすそが 夜風にひるがへり
ひとつの影が 光のなかに
溶けてゆくのを 僕は見てゐた
ひとつの影が 光のなかに
溶けてゆくのを 僕は見てゐた
III. 昨日のように
もう使者の姿は どこにも見えない
ただ カーテンのすきまから
ちひさな星の破片(かけら)が こぼれ落ちるだけ
僕の部屋は ふたたび静まり返つて
ただ カーテンのすきまから
ちひさな星の破片(かけら)が こぼれ落ちるだけ
僕の部屋は ふたたび静まり返つて
遠い空で 月だけが
なにごともなかつたやうに 光つてゐる
あれは本当に 僕のところへ
やってきた 旅人だつただらうか
なにごともなかつたやうに 光つてゐる
あれは本当に 僕のところへ
やってきた 旅人だつただらうか
ノートに書きかけの 詩のつづきに
しづかに宛名が そへられてゐる
それは僕の 失つた名前
しづかに宛名が そへられてゐる
それは僕の 失つた名前
すべてが昨日のやうに 遠ざかる
けれど僕のてのひらには まだ
つめたい銀のひかりが のこつてゐる
けれど僕のてのひらには まだ
つめたい銀のひかりが のこつてゐる