もみじ~きみがくれたもの~(第1話)
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
家政婦の豊子の前をさっさと通り過ぎ、明日香は部屋へ行った。すると
「にゃ~ん」
鳴き声と一緒にもみじが擦り寄ってきた。
「ただいま、もみじ。ちょっとお風呂入ってくるから。そしたら遊んであげるね」
学校から帰ってきてすぐお風呂に入るのは、明日香の日課である。帰ってくるときは、汗とこての臭いがするから。
風呂から上がると、珍しく父が早く帰って来ていた。
「今日も部活だったのか」
「うん」
「今年から受験生だというのに、竹刀ばかり振り回しているとは」
「勉強だってちゃんとしている!それに、大会が終わったら引退するから、それからは受験勉強に専念できる!」
「フンッ、どうだか・・・・・・」
そんな父の態度に腹を立てながら部屋に戻った。
「もみじ、私は剣道をやりたいのに、お父さんは全然わかってくれないんだ・・・・・・」
もみじを抱きしめ、語りかけるように言った。
もみじはただ鳴くだけだが、明日香はそれだけで、心が少し軽くなるのを感じる。
京極明日香は中学3年生。剣道部に所属している。小学生の時から剣道を習っていて、かなりの実力者である。明日香は剣道をしている自分に誇りを持っている。
しかし、周囲の目は決して暖かいものではない。
IT企業の社長である父親の喜一は、社長令嬢にふさわしくないと非難する。
学校では、ほかの生徒たちから珍しいという目で見られたり、影でこそこそ言われたり、近づいてくる人はほとんどがお金目当て。
唯一の理解者であった母親の沙代子は、5年前にこの世を去ってしまった。
明日香は人と関わることを極力避けるようになった。父とも、教師とも、学校の生徒たちとも。必要以上に会話をすること無く、決して誰にも心を開かないようにしている。
人ではないが、もみじを除いては。
明日香がもみじに会ったのは、母が亡くなった年の秋だった。
学校の帰りに、家のすぐ近くにある紅葉の木の傍で段ボール箱を見つけた。
中には、白い地に茶色いブチ模様の仔猫がいた。
明日香はその仔猫を拾った。紅葉の木の近くで見つけたので、(もみじ)と名付けた。
ある夜、明日香は夢を見た。真っ白な空間の立っていて、目の前に5,6歳くらいの女の子がいる。
「お姉ちゃん、いつも悲しそうだよ。あたし、お姉ちゃんには笑っていて欲しいのに・・・。」
「え?君・・・誰・・・?いつも悲しそうって・・・。」
と、そこで目が覚めた。この時は、ただの夢としか思わなかった。
数日後、部活で大会に向けて稽古をしていた。
思ったようにうまくいかない。ここ1週間ほど、明日香は大会を控えているというのに、稽古で対戦しても、なかなか勝てない日が続いていた。顧問の先生からも、厳しい指摘を受けていた。
(もしかして、お父さんとの事とか、ストレスになっているのかなあ・・・。)
顧問の先生からも、悩みがあるのではないかと言われたが、今の心境を語ったりはしなかった。
その日は久しぶりに夕食の席に父がいた。
「明日香、お前は本当に剣道をやりたいのか?」
「もちろん」
「ここ最近辛そうに見えるが、それでもやめないのか。以前もつらいとか言っていたことがあったのに―」
「何にもわかっていないくせに、勝手なことばっかり言うな!」
そう言うと、食べ終わらないうちにさっさと部屋へ戻った。
「なんだよ!何で私が本気だってわかってくれないんだよ・・・・・・」
明日香の目からは涙がこぼれた。
その夜、あの少女が再び夢に現れた。
「お姉ちゃん、今日、どうして泣いてたの?」
「え?何でそれを?というか、君は一体誰なんだ?」
「いつもお姉ちゃんのこと見てるんだよ。ねぇ、どうして泣いてたの?」
「そ、それは・・・・・・」
すると明日香は堰を切ったように、これまで誰にも語ることの無かった心境を語った。
夢の中とはいえ、なぜ見知らぬ少女に打ち明けたのか、不思議でならなかった。
それを聞いた少女は、
「お姉ちゃん、お父さんにどんなに剣道が好きなのかって、ちゃんと言ってないの?」「もちろん言ってる」
「剣道をやっている時、どんな風だとか、どんな感じがするって事は?」
「え?あっ、そういえば・・・・・・」
明日香は気がついた。
これまで父には(何もわかっていない)とか、(どうして反対するんだ)と言ってばかりだったと。
「ねぇ、お父さんにはっきり自分の気持ちを言ってみて。そうしたら、わかってくれるかもしれないよ」
「う~ん・・・・・」