---第１部あらすじ---
　将来を有望視された野球少年北野健(タケシ)は、中学３年の冬、不慮の事故で左手に銃弾を受けてボールが握れなくなってしまう。
　８ヵ月後、成績不振者が集められる夏休みの補習授業で佐々木真也(シンさん)と出会い、彼の話から事故の事情と手術によってもう一度野球ができるようになると勧められる。
　自分を応援してくれる人々の思いに触れたタケシは、手術後のリハビリに励むのだが・・・

≪空腹≫
　それから３日後…
　タケシは左手に握力強化のゴム鞠を握り締め、昼休み前の授業をイライラしながら受けていた。
　いつものように教科書とノートを広げていたが、もちろん授業など聞いてない。まして今は一番面白くない数学だった。
　数学教師は茂山(しげやま)といい、校内一のベテラン教師だった。生徒に向かうより黒板に文字を書いてる時間が長く、見事に後頭部までハゲ上がっていた。
　名前とは裏腹ということで、生徒から「ウラやま」もしくは「ウラさん」と呼ばれていた。これは、ストレートにハゲやまと呼ばないベテラン教師に対する生徒たちの微々たる思いやりだった。
　しかし、タケシがイライラしていたのはウラさんの授業がつまらなかったからではない。とにかく腹がへって仕方なかったからだ。
　タケシは、いつも弁当の他にでっかいおにぎりを３つ用意していた。だが、今日は１時間目が終わった時にそれを平らげ、２時間目の休み時間には弁当までも食べ切っていた。

…すっげぇ腹へったぁ。なんでこんなに腹へるんだぁ？

　タケシがトレーニングを始めてから今日でちょうど３週間。タケシは大して気にしてないが、以来食事量も今までの１.５倍に増えていたのだ。ただでさえ常人の数倍食べる人間が、トレーニングで腹を減らしているのだから当然の帰結だった。

…外に行くか購買でパン買うしかねぇ…ああ、早く終わんねぇかな！

　タケシが思わずギュッとゴム鞠を握り締めた瞬間、パンッという音が教室中に響き渡った。まだまだ中指に力が入らないのに、たった３週間でタケシはゴム鞠を破裂させてしまったのだ。
　瞬間的に、窓際最後列に座っているタケシにクラス全員の視線が集まった。普段は滅多に振り返らないウラさんまでも振り返っていた。
　だが、タケシがポケットに左手を突っ込んだのを見て、隣席のリョウがすばやく助け舟を出した。

「あれぇ？今なんか外で音したよな、タケちゃん！」

「おっ…おおっ！何だろうな一体…なあ！」

　違和感たっぷりに二人が腰を浮かして外を眺めるフリをすると、つまらなさそうに全員が視線を元に戻した。ウラさんも眼鏡を指で持ち上げるとまた黒板に向かって公式を書き始めた。
　リョウは、小さく笑みを浮かべてちらりとタケシを見た。するとタケシは、みんなに見えないように小さく右手を上げた。スマンという意思表示だった。
　その時、スピーカーからキンコンカーンと音が流れ、ようやく授業が終った。タケシにとっては待ちに待った昼休みの始まりだった・・・

※※つづく※※