情熱$ブログ

RouGe$リィ

情熱$袋だったらいいのに……

ジョーカーの冬の国より~その1

自作小説

 ずっと昔ブログで公開してたSSでも載せますか。お題が小説だし。

 クインロゼ『ジョーカーの国のアリス』の二次創作ですよ。




 積雪の真っ白な寒さも、ここでは暖炉の橙色に溶かされていく。真冬となったクローバーの塔の中でも、アリスがもっとも温かく感じる、憩いの場所だ。

 部屋の主である長髪の男性は、相変わらず時計の修理に没頭している。開かれた時計の中では、小さな歯車やネジが、あたかも立体迷路のように組み重なっていて、どこの調子が悪いのか、アリスにはまったくわからない。

 細やかな手作業に見入っているうち、いつの間にか時計は元通りに修復され、時の単位を取り戻す。時計屋ユリウス=モンレーは、職人の手を休め、コーヒーカップに軽く口付けした。

「60点、といったところか」

「え?」

 採点の対象が時計の修理ではなく、アリスの淹れたコーヒーであったことに、遅れて気がつく。コーヒーは、出不精な彼の数少ない趣味のひとつだ。同時に、アリスにとっては、オーバーワーク気味の彼を休ませる方法のひとつでもある。

「前より点数が悪いの?」

 ユリウスは窓の外に雪がちらつくのを見て、溜息を漏らす。

「いや……味が違って感じられるのは、この気候のせいだろうな。よりによって冬になってしまうとは、運がない」

 今は「エイプリルシーズン」の真只中だった。場所によって季節が異なり、クローバーの塔の領土一帯は今回、冬になったのである。それも、雪国のように吹雪くくらいの寒さだ。

「これでは買出しに出歩くのも億劫になるな」

「あなたが外出に億劫なのは、いつもでしょう?」

 こうしてユリウスに冗談めいた物言いを返せるようになったのは、いつからだろうか。

「やれやれ。言うようになったな」

 その一言は諦めたようにも、親しみがこもっているようにも聞こえた。ユリウス=モンレーという男は本来、人と馴れ合うことを嫌うタイプだ。出会った当初はアリスも、彼の捻くれた性格には難儀させられたものである。

 それでも今は随分と距離が縮まったもので、特に用もなく部屋に入り浸っていても、ユリウスが嫌な顔をすることはない。

(呆れられるくらい通い詰めてるから、なのかもしれないけど)

 彼の仕事部屋は、アリスにとって一番のお気に入りの場所だった。ハートの城のように大勢に歓迎されるわけでもないし、帽子屋ファミリーのように丁重にもてなしてくれるわけでもない。ましてや遊園地みたいにレジャー施設があるはずもない。ただ、彼がひとりで黙々と時計の修理をしているだけ。

 しかしユリウスの部屋で過ごす一時は、他のどこであっても得られない。彼が静かでいるから、自分も静かでいられる。寂しい静けさではなく、温かい静けさ。大好きな姉とふたりで過ごした昼下がりに似ているかもしれない。

 間もなく彼は次の時計の修理に取り掛かり、アリスは手作業を眺めるだけになった。残ったコーヒーはおそらく冷めてしまうだろう。

 仕事中のユリウスが話し相手に目を合わせないのも、いつものこと。

「雪も大分落ち着いたな。こんなところにいないで、たまには出かけてきたらどうだ、アリス」

 遠まわしに「出て行け」と言われているのではない。彼の場合、本当に出て行って欲しいのなら、もっと率直で無作法な言い方になる。

 アリスは机を揺らさないようにゆっくりと立ち上がり、窓の外を眺めた。

「そうね、ずっと吹雪いてたから、出るに出られなくて」

 かれこれ数時間帯も吹雪が続いていたせいで、各地の友人に久しく会っていない。暖炉に薪を足してから、しばらく憩いの場所から離れることにする。

「エースを見かけたら連れ帰ってきてくれ。あいつを待つほど馬鹿馬鹿しいことはない」

「……いつものパターンね。わかったわ、ユリウス」

 外出ついでに迷子の捜索を頼まれた。

 エースほどではないにしろ、長らく迷子みたいだったアリスは、ドアを開く前に一度だけ振り返る。

「そうそう、ユリウス。おかえりなさい」

「お前が言うのなら、『いってきます』か、後で『ただいま』だろう」

 彼の返答は至極当然で、自分でもおかしなことを言ったと思う。そのズレが不思議と面白くて、くすぐったい笑みが浮かんだ。

「うふふ! そうね、私が『ただいま』なのかもしれないわ」




つづく。