ジョーカーの冬の国より~その2
クローバーの塔の領土を抜けると、白い雪は見られなくなり、あからさまに空気の質も変わる。アリスは羽織っていたコートを、手持ちのバッグに移して、空を仰いだ。
気持ちよく晴れた青空だ。並木道の途中で深呼吸をして、肺の中に残っている冷たい空気を追い出す。
「あ! お姉さんだ!」
道のない方向から、子どもの声が飛んできた。
「本当だ~。お姉さんだね、兄弟~」
それもふたり。通称「ブラッディツインズ」、ディーとダムの双子である。帽子屋ファミリーの屋敷で、門番を任されており、巨大な斧を軽々と振りまわす。
予定にない遭遇にアリスは内心、身構えてしまった。
「こんにちは。ふたりとも、遊びにでも行くの?」
青いほうのディーがにこにこと寄ってくる。
「僕たち、これから遊園地に遊びに行くんだ。ね、兄弟」
「うんうん。そうだ、お姉さんも一緒に行こうよ~」
そして赤いほうがダム。案の定、左右を取られて、動くに動けなくなってしまう。下手に動けば斧に触れてしまいそうだ。
(囲まれたわ……)
本当に無邪気なだけの子どもだったなら、可愛いのに。この双子は外見とは裏腹に、マフィアの立派な構成員であって、おまけに腹黒かった。
「それいいね、兄弟! 僕たちみたいな子どもには、同伴者が必要だからね」
「子どもだけで出歩くのは、危ないからね。お姉さんも、心配でしょ~?」
幼い容姿に相手が絆されることを、彼らはおそらく計算している。
(危ないのはあなたたちのほうでしょう……はあ)
アリスは心揺らされないよう注意して、双子に問い返した。
「あなたたち、門番の仕事はいいの? 抜け出してきたんでしょう」
するとディーが不服そうに口を尖らせる。
「ひどいよ、お姉さん。僕たちはいつだって真面目に働いてるんだよ? だけど今、帽子屋は『秋』なんだ」
ダムはにやにやと相槌を打つ。
「休憩の秋、有給の秋。秋って素晴らしいよね~」
「……強引ね」
えらく都合のいい秋があったものだ。彼らの今後に大体の予想がつく。
「エリオットに怒られても知らないわよ」
「馬鹿ウサギが?」
双子にいつも手を焼かされているのが、帽子屋マフィアの大幹部エリオット=マーチである。「馬鹿ウサギ」とは彼らの言うエリオットのこと。
「大丈夫だって! 馬鹿ウサギは今、ボスと仕事で出掛けてるから」
「馬鹿ウサギが戻ってくる前に屋敷に帰れば、大丈夫~」
ディーとダムの言い分には心の底から呆れた。
「……それじゃ、今お屋敷を守れるのはあなたたちだけじゃないの。門番でしょう?」
マフィアの本拠地ががら空きとは、何とも豪胆な。
「だから、ちゃんと戻るよ。遊園地でめいっぱい遊んでからね」
「ほらほら、お姉さんも行こうよ、遊園地~」
職務怠慢の片棒を担がせないで欲しい。
「ごめんなさい、私、今からハートの城に行くところなの」
「えええ~~~~~?」
双子はいかにも子どもらしい不満の声をあげた。
「僕たちと遊ぶよりもハートの城が大事?」
「ショックだね、兄弟。僕たち、お姉さんのために誘ってあげたのに。お姉さんてば最近、時計屋のお兄さんみたいに出不精になってるみたいだったから~」
好意はありがたいのだけれども、毎回応じられるほどアリスも暇ではない。宥めるように言って聞かせる。
「雪がすごくて出られなかったのよ。近いうちに遊びに行くわ」
ディーとダムがぱあっと瞳を輝かせる。
「ホント!? 絶対だよ、お姉さん!」
「約束だよ~、お姉さん!」
左右一対の斧はようやく離れてくれた。脅迫じみた誘いを断れるようになった自分自身が怖い。
(私の感覚もいよいよおかしくなってきたのかも)
認めたくなくとも、物騒なこの世界に順応しつつある。
「じゃあね、ふたりとも」
「今度は一緒に遊ぼうね、お姉さん」
「ばいば~い、お姉さ~ん」
道を無視して進むブラッディツインズと別れて、アリスも先を急ぐ。
まだつづく。