ジョーカーの冬の国より~その4
ビバルディの一言が第一の側近を突き放す。
「ホワイト、お前は仕事に戻らぬか」
「そうよ。宰相が仕事をしなくてどうするの?」
アリスも女王に同意してみる。しかし、しぶといウサギはどうあってもこの場に留まりたいらしい。
「なら、僕がアリスとお茶にして、陛下が僕の分の仕事をしてくれればいいんです。名案だと思いませんか? アリス」
「最低の発想だと思うわ」
この宰相、女王への忠誠は欠片も持ち合わせていなかった。同じウサギでも、帽子屋ファミリーのエリオットは、ボスのために粉骨砕身の日々を送っているというのに。
「もういい。ホワイトは無視じゃ。時間の無駄にしかならぬ」
女王陛下の言うに従うのが利口だ。
「そうそう、今日のお茶に合うかどうかわからないけど、クッキーを焼いてきたの」
手ぶらでは無礼と思って、アリスは菓子を作ってきた。
「ふふふ、殊勝なやつじゃ。どれ、わらわが味見をしてやろう」
テーブルの上の高級な茶菓子には敵いそうにないが、こういった贈り物は、中身よりも気持ちだ――と、自分を納得させつつ、手製のクッキーを包みから取り出す。
「ハートの形にしてみたの」
真後ろから物欲しそうな視線を感じた。
「あぁ……アリスが僕のためにクッキーを作ってくれるなんて……」
さすがに、ずっとこの調子で傍にいられては疲れる。
(ペーターに悪気がないのは知ってるし……)
渋々アリスは折れて、別の手段に出た。相手がウサギだからこそ通用するはず。
「ちゃんとあなたにもあげるから。その代わり、仕事に戻って」
ペーターの長い耳がぴんっと立つ。
「信じていましたよ、アリス! やはりあなたは優しい女性ですよ。そして、そんなあなたに愛される僕! あぁ、僕はなんて幸せで贅沢なウサギなのでしょう!」
「はいはい、はい。私のためを思ってくれるなら、お仕事して、ビバルディの手を煩わせないで」
大切そうに菓子の包みを受け取ったペーターは、嬉々として、弾む足取りで去っていった。
ビバルディがやれやれと呟く。
「餌付け、か」
動物を手なずける最良の方法だ。
「こんな時のために、多めに作ってきてよかったわ」
「わらわがお前のクッキーを独り占めできぬのは、残念じゃが……まあよい。これで静かに茶を楽しめる」
メイドに差し出された紅茶で早速、咽を潤す。
紅茶通のビバルデイが厳選した茶葉だけあって、美味しい。
「渋みがあって……なのに、咽越しは爽やかだわ」
アリスの感想が気に入ったらしく、女王陛下も上機嫌。
「紅茶の味がわかるのは、お前くらいのものじゃ。どうじゃ? 桜を眺めながらの茶というのも、趣があってよいだろう」
しかも満開の桜を眺めながらの一杯なのだから、美味しいに決まっていた。
「色んな花があるのね。綺麗だわ」
桜だけでもない。いつもなら赤い薔薇だけが咲くのを許されるハートの城だが、エイプリルシーズンの間は、さまざまな種類の花が競い合って咲き乱れている。
クロッカスにチューリップ、マーガレット。
「気に入った花があれば、好きなだけ摘んで持って帰るとよい。……じゃが、お前の住んでいるところは、冬だったか」
「すぐ枯れてしまいそうね。でも、少しだけいいかしら? 飾りたいところがあるの」
女王様は快く了承してくれた。
「そうじゃ、わらわが見立ててやろう」
「本当? お願いするわ」
おしゃべりしながら花を摘んで楽しめるのは、女同士だからこそ。
まだまだまだつづく。続きのUPは明日にします~