ジョーカーの冬の国より~その6
雪の降り積もった街を抜けて、クローバーの塔に入っても、コートを脱ぐにはまだ早い。
「さすがアリス。塔まで一直線だったね、ははは」
「塔が見えてるのに迷えるあなたがおかしいの」
冷える廊下と階段を進んで、ようやく暖炉の火に迎えられる。
「ユリウス、エースを連れてきたわ」
仕事熱心な時計屋は、アリスがここを出た時と同じ位置で、同じ作業に集中していた。アりスの淹れたコーヒーは冷めてしまっているようだ。
「外は寒かっただろう。……エース、お前は廊下で雪を落としてこい」
代わりにユリウスが作業を中断し、直々にコーヒーを淹れてくれた。今日はご馳走になってばかりかも。少し熱すぎるくらいが、冬の寒さの中では身に染みる。
「ありがとう、ユリウス」
同伴者のエースは、手荷物から壊れた時計をいくつも取り出して、ユリウスの机に積んだ。それから暖炉を覗き込んで薪を足す。
「なーユリウス、俺にはコーヒーご馳走してくれないの?」
「そう焦るな。今淹れているところだ」
ささやかながら贅沢に思えるコーヒータイム。身体も温まってきたところで、ユリウスが仕事に戻らないうちに、今日のお土産を渡しておく。清楚な白色が可愛らしいマーガレットの花束だ。
「この部屋、殺風景でしょう? 飾ってもいいかしら」
帰り道の途中で寒さにやられないよう、懐に忍ばせておいた。
「好きにしろ。長持ちするとは思えないがな」
「少しだけでも、と思って」
マーガレットの花には悪いことをしたかもしれない。いくら暖炉があって温かい部屋の中でも、冬の気候にはそう長く耐えられないだろう。それでも彼の部屋に飾りたかったのだ。
花瓶に差し込んで、茎を少量の水に浸しておく。
「そういえば、トカゲがお前を探していたぞ。ナイトメアを探していた、と言ったほうが正確か」
残念なことに鑑賞している暇はなかった。
「そうだわ、私も仕事に行かなくちゃ」
何も仕事を忘れていたわけではない。いつ時間帯が変わるのかは誰にもわからないため、次の時間帯から仕事、と決めていてもアバウトにならざるをえない。
「俺はもうちょっとのんびりしていこうかな」
「お前はいつでものんびりし過ぎだ」
ユリウスに追い出されずに済むのは、アリスの他にはエースくらいのものだ。
「じゃあね、ふたりとも。ユリウス、また遊びに来るわ」
名残惜しいものの、アリスはきっぱりと挨拶だけして部屋を出た。休憩は休憩、仕事は仕事とけじめを付けておかなければ、「偉い上司」であるナイトメアのさぼり癖を増長させてしまう。
(ナイトメアと同じインドア派って括ったら、ユリウスに失礼かも)
次回は差し入れの食事を持っていくとしよう。
またまたつづく。