ジョーカーの冬から夏の国より~その3
今日のココアは甘さ控えめだ。
「うん、美味しいわ。……それで、グレイはどうしたの? ユリウスに用事ってことは、やっぱりナイトメア関連かしら」
グレイの整った口元が引き攣る。
「否定できないのが苦しいな。時計屋、ひとつ頼みが――」
「断る」
ココアまで用意しての頼み事は一蹴されてしまった。
「まだ何も言っていないだろう。話だけでも聞け」
「だったら聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
「そうめんを作ってくれ」
グレイの真顔と直面するユリウスが、しばらく言葉を失くす。
傍で聞いていたアリスは小さく噎せた。
「ね、ねえ、グレイ。それは料理長に相談したほうがいいんじゃないかしら?」
「頼んだが難色を示された。夏の遊園地から取り寄せできないかと、注文してもみたが、商品としては扱っていないらしい」
すでに手配済みだが、決め手とはいかなかったようだ。そうめんを早急に必要とする理由は、今更言われるまでもない。
「そうめんがないことには、ナイトメア様が仕事をしてくださらない。時計屋、お前なら作れるだろう」
しかし、そこでユリウスに料理の依頼を持ちかけるとは、正気でないように思う。
(疲れてるのかしら、グレイ)
ユリウスはげんなりといった顔でつき、正論をまくし立てた。
「お前までナイトメアに感化されて、おかしくなったのか? 時計の修理と料理はまったくの別物だ。そうめんなど作れるはずがないし、どうやって作るかも大まかにしか知らん」
「生地を捏ねろとまでは言っていない。そうめんについて知らない料理長に、その大まかな作り方を教えてくれれば十分だ」
「だったら、紛らわしい言い方をするな」
アリスもユリウスに同意する。
「ごめんなさい、グレイ。私にも、ユリウスに作って欲しいみたいに聞こえたわ」
「そうか? ……とにかく手間は取らせない。今からでも厨房に――」
「断る。ナイトメア風に言うなら『却下』だ」
まだマグカップに一口も付けていないグレイは、溜息交じりにドアにもたれた。白い湯気が上に昇るほど薄く消えていく。
「はあ……アリス、君からも言ってやってくれないか」
領主の執務が進まないことには、アリスも困る。
「そうね。アドバイスくらいなら、いいじゃない、ユリウス。何回も断るよりもそのほうが早く済むわ」
「今までの経験則からいって、それはわかっている。だが常識で考えろ。私の曖昧な知識をあてにするよりも、夏の領土まで出向いて作ってもらったほうが、材料も揃っていて、もっと早いし確実だろう」
その手段をさっぱり見落としていた補佐官二名は、ともにうなだれた。
「……私たちの感覚まで、いつの間にかひきこもりになってしまっていたのね」
「まったくだ。塔に閉じこもって仕事ばかりしているせいか。早速、遣いを出すとしよう」
ココアもそこそこに、ユリウスは次の時計の修理に取り掛かる。
「話が終わって何よりだ。後は探しに行くなり、好きにしろ」
アリスは雪景色の遠くにある山々を眺め、ふと名案を思いついた。
「そうだわ。私がそうめんを探しにいってもいいかしら、グレイ。挨拶したい友達もいるし」
「君が? それは構わないが……」
立ち去ろうとしていたグレイが振り向いて、仕事中のユリウスにちらりと視線をやる。
「……なら俺も一緒させてくれ。夏の暑さを知れば、少しは冬の寒さがありがたくなりそうだ」
「勿論よ。何なら今からでも行きましょう? ユリウスも」
「さり気なく私を数に入れるな。人ごみは夕食会でこりごりだ」
ユリウスの付き合いの悪さは相変わらず。
「正門で待ち合わせるとしよう。向こうは夏だ、何を着ていけばいいものか……」
「冬から夏はそれが難しいわね。じゃあグレイ、ユリウスも、後で正門で」
「勝手に言っていろ」
その後クローバーの塔の正門前で合流したのは、やはりアリスとグレイだけだった。
つづく