《アユギ》
―― 世界はオレたちが想像する以上に広いんだぜ!
金色の長い髪を風に靡かせながら、男は自慢げに顔立ちがソックリな青年にそう説いた。
――だから、沢山の世界を観て回ろう! と、そう誘った。
――オレとオマエで【最強】なんだから怖がることなんてねぇだろ? と、そう慰めた。
それでも熱心な押しを払い除けて、青年は綺麗な金色を一瞥した後に男を馬鹿にした様に哂った。
「勝手にひとりで行けよ。俺は嫌いなんだ。外の世界なんて、クダラナイ。外の世界に夢を見るおまえはもっと、――クダラナイ。」
青年は本に埋もれた部屋で適当な本を一冊手に取ると、最早男の方を一瞥さえもせずに本の世界に入り込んだ。暫く男は諦めなかったが、軈て青年を幾ら説得したところで無駄だと悟ったのか「また明日来るからな。」と言い残して部屋を去っていった。
青年は男の去っていった後に閉じた扉をチラリとだけ見たが、直ぐに視線は紙に長く綴られた文字に釘付けになった。
薄暗い部屋で青年は、明けない「夜」を過ごした。
この世界に「朝」や「昼」は存在しない。そもそも朝昼夜などそんな概念が世間に認識されているかも怪しい。辺り一面に一色の闇だけが広がり、――所謂「夜」だけがそこにあった。
それでも青年は朝と昼と夜の概念を確かに持っていた。それは単に書物の力だ。
書物に描かれた世界を読みに読み、読み尽くして、青年は朝と昼と夜の概念を認めた。尤も、朝と昼を実際に見た事もなければ見ようとも青年は思わなかったのだが、「確かにそれは存在しているものだ。」と青年は漠然とした確信を得ていた。
何故ならば、青年はもしかしたらこれが朝と昼とやらなのかもしれないと無意識に感じたことが少なからずあったからだ。事実は違ったが、瞼の裏側に焼き付いた確かな「光」は青年に朝と昼の概念を植え付けるのに充分過ぎるほどだった。
――此の世界にも『光』が存在しているのだから、きっと外の世界には『朝』と『昼』とやらが本当に存在しているのだろう。
これが青年が「光」を初めて見た時の率直な感想である。
【男】は青年の【太陽】であった。
青年だけを照らす【太陽】なのか、世界の総てを照らす【太陽】なのか、青年にとって検討も付かない事象だが、そんなことは然して重要な事柄ではない。
青年にとって大切なのは最低限、‘青年にとって’【男】は【太陽】である――ということだけだ。
薄暗い闇に覆われた世界に引き篭る青年が男が遣って来る度に明かない筈の【夜】を明かす。
青年の、男に対する態度はいっそ冷酷ささえ感じさせる素っ気ないものだったが、一方で青年は男が遣って来る度に迎える【朝】もしくは【昼】の存在を内心で喜んで享受していた。
青年は【男】が好きだった。
青年は【朝】と【昼】が好きだった。
青年は【太陽】が好きだった。
全て同義で、故に――ひとつを失えば総て消えた。
簡単に、【男】は青年の元にとうとう訪れなくなった。同時に青年は【太陽】と共に【朝】や【昼】を迎える事が失くなり、青年は再び【夜】だけが、闇だけが蔓延する世界でうっそりと本を読んで過ごす生活に逆戻りを始めた。
不思議と違和感は覚えなかった。
きっと【男】が居たことの方がずっとイレギュラーな事だったと青年は理解をしていたからだ。
「また明日来るからな。」と毎度恒例の様に繰り返していた男がパッタリと姿を見せなくなったその日から、男が死んだのか将又中々勧誘に靡かない青年に焦れて青年を諦めてしまったのか、もっと他の熱中すべき物が見付かったのか――青年には皆目検討も付かなかったが、付ける必要もないと感じていた。
いずれにせよ、「男が青年の元を訪れなくなった」事実だけが最後に残るのだから理由など考えても無駄であると青年は漸く【違和感】が消えたことをちょっとだけ安堵を、またかなり残念に考えながらも軈てやはり書物に目を落とした。
それは【朝】と【昼】と【夜】の概念が存在する世界がメインに書かれたファンタジックな物語であり、青年は暫しそれを読み耽った。読み終えては読み返し、読み終えては読み返し、を繰り返した。
外の世界を知らない青年は、活字だけが構成する世界だけに生きてきた青年は知らないのだ。
【男】を失った事にかなり残念だと思う感情が――それが「哀しみ」であるという事を。
そして、そんな感情に呑まれた自身を慰める方法を。
上級悪魔も顔負けだ。と喫驚仰天の魔力保有量を誇る青年は博識な無知であった。
「こんなものあってもなんの役にも立ちやしない。」
測り知れぬ怒りと哀しみに追い立てられた青年は軈てそれをぶつけるかのように恐ろしく強大な力を放出せんと握り拳に力を込めたが、ふと「【男】は外の世界に旅立って行ってしまったのではないだろうか。」と考えが過ぎった。
あれだけ熱心に【外の世界】へ誘ってきた男が、外の世界へ出て行ってしまってもなんら不思議じゃない。ただなんらかの事情で今直ぐに旅立たなければいけなかったのかもしれない。それならば突然足取りが途絶えたのもなんら不思議じゃない。
あれだけどうでもいいと自分に言い聞かせておきながら都合の良い解釈をし始める自分に腹が立ったが、元来青年の気質は――思い立ったが吉日。で、バサリバサリと数冊の本が雪崩を起こした頃にはもう青年の姿は薄暗い部屋の中から忽然と消えていて、本の上に掛けて置いた黒色のマントだけが一緒に失くなっていた。
外の世界をクダラナイと拒絶していた青年は、哀しみに負けて――なんてフレーズはナンセンスだが、数百年の時を経て【男】を――【太陽】を探す為に外の世界に旅立った。
ただ彼は外の世界なんて全くコレポッチも体験したこともなかった御蔭で上手な処世術もわからず、取り敢えずと男の真似をして振舞った。
――その所為でまた元来持つ「ウッカリ屋」な性格と相まって上級悪魔に総じて嫌悪の目を向けられ、「魔界一の変わり者」と称されるのはもうすこし未来(アト)の話である。
◆ 途中から何を書いているのかわからなくなったのでまた今度書き直したいと思いました!もしもアユギの幼少期がこんなんだったら編です!
「ウッカリ屋」は元々。☆ただし引き籠もりだったので幼少期はそれがわかりにくかっただけで本人さえもまさか自分がこんなにウッカリだとは!と驚いてます。でも引き籠もり書物系悪魔だったので所謂外の世界ではわりわり面倒臭がり屋でもあって「ま、いっか。」と能天気さも発揮して、ついでに処世術?は男の真似でなんとか乗り切ろうとしているのでメチャクチャ変人扱いを受けることになります。
アユギの一人称が「オレ」や二人称が「アンタ」「オマエ」ってなった時は大体男の影響を受けてる。本来は「俺」で「おまえ」がデフォ。でも長年男の真似をして過ごしてきた所為か段々それが素になりつつもあるんだと思います。最早、癖。数千年も時を過ごしてるからね!かなり思考回路までも男に似せた所為で侵されつつある。でも今でも読書は好きで本は読む。
冷静沈着に見えてウッカリちゃんが騒がしいウッカリちゃんに変わってますがねこんな経緯?でもいいかなって。
ちなみに冷静沈着の面の名残は落ち着いた薄紫色の双眸にまだ残ってる。
アユギの口調や言動、雰囲気が安定しない言い訳話笑←