んー。限界って段階があるよね(支離滅裂)
今日は仕事がお休みだったヒロポンです。
こんばんわ。
お休みはチョコチョコもらっているのですが、今日は朝からぷっつりと緊張の糸が切れて腑抜けた時間をすごしてしまいました。
昼寝したり、ボーっとしたりね
自分では全く認識していなかったようですが、身体の疲労はかなり限界だったみたいです。
発熱、頭痛、倦怠感が押し寄せて動けなかったというほうが正しいかな。
先週7日分(1週間分ですね)の業務上限を5日の出勤でorverしてしまいました。
仕事量としては多いほうです。職場内でも。
そこまでやらなくても良いと言われてはいるのですが……
科長も上から重圧を掛けられているようですし、自分の部署の立場をあげるためにも、
私の担当している患者さまの為にも、1日に定められている上限ギリギリまで働くようにしていました。(だから、簡単に1週間の上限超えちゃったんだけどね。)
そういった義務感?というのかな。自分のやるべきことがまだあると思っているときは、無意識ですけど、脳は身体を動かしてくれます。
疲労の感じ方を鈍くして、常に臨戦態勢を崩さないようにしてくれます。
動物の生存本能に起因する脳の機能で、交感神経という部分を活性化し続けてパフォーマンスを高めてくれます。
ですが、ひとたび緊張を緩めてしまうと。休んで良いと思ってしまうと。
感じていなかった疲労が身体に押し寄せます。
「この期に休め。物理的に身体を回復させないとこの身体の機能が損なわれるぞ!」
そういう指令を脳が身体に出すわけですね。
今日がそんな状態でした。
先週終わるまで、私、業務の上限超えてたことに気づいてなかったんです。
かなりの仕事量こなしたはずなのに。
完全に感覚を麻痺させていたようです。
ある方にこの話をしたら
「無理しすぎだよ。患者さんのことは兎も角、科のことまで気を回すことはないし。だいいち、私じゃそんなの耐えられない。そんなの強いられたら辞めるよ、仕事」
って言われました。
強いられてやっているわけではないので、できるんですけどね。
でも、少し目上の方に話したらこうも言われました。
「今時の中間管理職なんて、大体そんなもんだ。昔はだれだってそうやって働いていたものだしね。お前も子供のころは家庭を顧みない父親像ってあったんじゃないか?働く職場が男だらけだったころはそれが当たり前。それが出来ないものは淘汰されていた。今は若い女性が働き出して、家庭の事情だ、出産、育児休暇だ、って認められるようになったけど、バブル前から会社員やってたような上の人間には信じられないくらい腑抜けてようにしか見えないよ。この程度で限界なんて叫んで辞めていくような若者たちはね。仕事量や人間関係にしたってね。」
まぁ、全てを真に受けるわけではないですがね。
私は確かに今日、身体の限界を感じました。
でも、こんなこと考えてます。
「この程度で限界を感じて……この先やっていけるわけがない。」
少しでもよい環境を求めるのは生き物として当然でしょうが……今あるこの環境に適応して強くなることも必要でしょう。
私は今日からだの限界を感じました。
ですが、心はまだ砕けていないですよ?
少し休めばまた脳が身体を活性化してくれるでしょう。身を削ってでもね。
世の中には2週間連続終電逃した。 とか
40日連続勤務。 とか
家に帰っても家族の中に居場所なんかなくて、上司からはいびられて・・・ とか
そんな人たちたくさんいます。
私恵まれてます。
私、まだそんな人たちにはかないません。
もっと強くならないと。
欲しいものを手に入れて、やりたいことやって、それを守っていけるだけの力が欲しい。
だから頑張ろう。
ええ、頑張れますとも。
というわけで私の考える限界の段階
甘えの限界
生活や、環境を考慮しての限界
身体の限界
>この二つは逆転することもあるかも知れないですね。でも、普通
心が壊れたら身体は動かす気になれないですからあってると思う
心の限界
心、身体の限界 ここまできたら、多分病気になってるか、死が目前ですね
私は、今個人として守る家族もいませんし、身体の限界まで酷使しても問題ありません。
でも、せっかく社会の環境が甘い方向に傾いている(社会保障が整ったというのであれば、過去より確実に恵まれた環境になった)のですから、いずれは家族を持って、制度なんか利用して、家族のための時間や余力を持っていたいものですね。