丘の上の工場
丘の上の工場
何が楽しくて生きているの?
目覚めて最初に思うことは
それ
シーツを掻き寄せて
答えを探す
見つからないまま
一日が始まる
やがて丘の上の工場より
始業を告げるサイレンが鳴り響く
そして正門前の坂道を
無言で昇り行く人 人 人…
季節は巡って
約束の春だというのに
まだここで働いている
どこにいった?
どこにいった?
明日はどこにいった?
あの日はどこにいった?
あの人はどこにいった?
今日も一日、工業ミシンを走らせて
ちぎれた自分を繕ってゆく
針先をすり抜ける小さな一つの労働力となって
縫い目の間に身を隠す
なのに
天窓の向こう
異国に旅立つ渡り鳥を見つけて
こらえていた自分を見失いそうになる
行く場所がない
行く場所がない
ミシンの前の固い椅子は
私が本当に座る場所ではない
私が生きてゆく場所ではない
正午のサイレンよ 叫べ
張り裂けた心となって
曇り空の海へ
声を限りに 叫べ
殺してやりたい
殺してやりたい
あの出来事ではなく
世間でもなく
この私
今の私を殺してやりたい
今なお
ここで
こうしている私を
殺してやりたい
心は千々の憤怒となって
工場のサイレンに思いを託して
すべての路地の
窓ガラスを震わせ
私は叫ぶ
叫ぶ
ああああーーーーーー
あああーーーーーーー
昼休みはすぐに工場から抜け出して
石畳を駆け下る
早く早く
港へ
一人になりたい
そうしないと壊れてしまう
早く早く
次の道を左
次の坂を下
表通りを避け
暗い小道を選んで
靴音だけ響かせて走る
息が上がっても
走る
次の角を右
次の路地を左
もう少し
その次の行き止まりを
右に折れれば
細い道の向こうには
長方形の海が見えるはず
あとはまっすぐだ
急ぐことはない
そのまままっすぐ
呼吸を整え
ゆっくり海へ歩み寄って
たぷんたぷり
誰が悪いのでもない
たぷんたぷり
そう 私が悪いわけでもない
ただ まぶたに海が溢れてくる
1997/07/27初稿
2002/01/20改訂
2002/02/10改訂
2002/03/10改訂
2005/06/12改訂
2005/12/19改訂
2012/04/23改訂
安寿
2012/04/23 23:32:08
おわかりと思いますが、
これは先にアップした歌詞
「南の国の私」とセットになっています。
その後日談です。