銀の月が欠ける日常

なんてことはない日常と愚痴を連ねるところ。
銀とかバイクとか、あとゲームとか珈琲とか?

あれ?

日記

昨日普通にブログ書くの忘れた(マテ
だめだめだなぁ自分。

2回前のブログで紹介したサウンドノベル ノーマライズヒューマンコミュニケーション。

のまひゅ。


ですが、このサウンドノベルよんでから、ちょっと思うところが大きくなって、ちょっとおかしいです。

このサウンドノベルに描かれた主人公の心情描写はとてもリアリティのあるものでした。
だから、感じ取って思い出したことがあります。

以下、私の仕事上の抜け出せることは一生無いであろう悩みについて。
なるべく薄い色にしてあるので興味のある方だけ反転してお読みくださいな。

前にも書いた覚えが歩けど、浩は医療に携わってます。医師ではないですが。

言わずもがな、命を救うこと、生命の質を取り戻すことを生業としています。

でも、最近新病院立ち上げ事業にかかわり、医療人として大切な感情を忙殺されていたように感じます。

「経験の浅い私が患者さんのために何が出来るか。」

「今、私の施した物が、本当にこの人のためになっているのか?もっとよい手段が別にあったのでは?」

「この人だって運が悪くて病気になったんだ、同年代の人はまだ元気に働いているのに。なんで自分だけって思う中、一生懸命治療に望んでいるんだ。」

医療人として、日々患者様の社会復帰を目指し、様々な指導や療法を行い、そして、後悔の連続です。

いつも、患者さんが退院していくときに思います。

「私が担当でなければもっと良くなっていたかも知れないのに。本当にごめんなさい。」

余り人の死に多くかかわることは無い部署にいますが、それでも0ではありません。

「あの人が亡くなった原因は紙面上、どうみても私とは関係ない。でも、もしかしたら私が何かマズイことをして命を奪ったんじゃないだろうか。」

新人のころからそんなプレッシャーを闘って勉強していた自分が、この数ヶ月いなかった気がします。

私は医療従事職として免許され、業務に当たっています。
でも、私は本当に人を救えているでしょうか?
本当に最善の選択を出来ているでしょうか?
先輩技師の目から見れば、そうでないことも多いのでしょう。
それは、退院する患者様の姿を見比べれば分かります。
それが嫌でずっと勉強を続けています。

それでも、月曜日になれば、私はまた出勤します。
不安など微塵も感じさせない、笑顔と言葉で、患者様に療法を施すでしょう。
それが正しいことなのか分かりません。
いくら勉強して、腕を磨いてもこの不安は働き続ける限り消えないでしょう。
たとえ退職しても、きっと奪ったかもしれない命、奪ったかもしれない人生に恐怖し、悩むでしょう。

私は人を救えているのでしょうか。
誰に問いかえるでもなく、私は日々こんな悩みをもっているんですね。


#日記広場:日記

  • いこ

    いこ

    2009/09/13 10:15:31

    何という志の高さ!
    そう考えているというだけでも、
    救われてる方が多いと思いまふ。

    うちの母も医療関係ですけど、医者より占い信じましたよ★
    実はこの間の大揉めは、これが原因だったりする…orz

  • ルクルク

    ルクルク

    2009/09/13 09:27:44

    医療に携わる人、全員が日々そういう気持ちで業務に取り組んでくれれば
    救える命はもっと増えるだろうし、医療ミスは減るんだろうな・・・
    と思いながら読ませていただきました☆