妄想①
癖っ毛がやけに目立つスーツ姿の青年が歩いてきた
何故か妙に心が騒いだ
歩き方のせい? 普通とはちょっと違う内股気味の歩き方で彼は私の前で歩を止めた
不意を突かれた私も スーパー帰りのエコバッグを右肩に吊るしたまま立ちすくんだ
短くない そして長くもない そんな時間が経過した後 彼は私に言った
「先月 母が亡くなりました」
彼の顔を凝視した なんだか事態の半分くらいはわかったような気がした
そして彼から発せられる懐かしいような香りで 事態の 3/4 はわかったような気がした
「今度伺ってもよろしいでしょうか? いつでも結構です」
その声色で 事態の 4/5 を理解した
1枚の名刺を差し出すと 彼はそのまま去っていった
振り返って見送ると 彼は神経質な歩き方で 雪道を選び 通りを渡っていく
憶測だけど 泣いているような 後ろ姿だった
渡された名刺を老いた目で初めて見た
その苗字を見た瞬間
99/100
エコバッグもろとも道路端に崩れ落ちた