昨日は親せきの
葬式だった。
会社を半休して参加した。
母のいとこだった人だから私には遠い親戚だが、子供のころ、お向かいに住んでいた。
結構なお金持ちで、ちょっと浮世離れした感じの人だと子供心に思っていた。
娘さんは私より6歳上と、12歳上だったから、ほとんど遊んだ覚えはない。
だけど小さいときはかわいがってもらった気がする。
ある時家に帰ったら床にたくさんのおもちゃが置いてあって、それが二人のおさがりだった。
きれいな箱に、イチゴミルクとかチェルシーの包装紙がきれいに伸ばされたくさん入っていて、ああ、こういうものが宝物だったんだなと思うとちょっと親近感がわいたものだ。
ある時おばさんは近所の子を集めて英語教室を始めた。
きれいな応接間に通されてアルファベットを書いたり、英語の歌のレコードを聴いたり歌ったりして、最後にお茶の時間になる。
その時、きれいなピアノをたたいてもよくて、それが楽しみだった。
昨日の式は、教会で行われた。
その時初めておばさんが熱心なクリスチャンだったことを知った。
牧師さんはおばさんを直接には知らなくて、古参の人たちに話を聞いたり、古い会報を探したりして説教を考えていてくれた。
本当は奉仕の道を進みたかったこと。
何を見ても讃美歌が口をついて出たこと。
「ありがとう」が口癖で、最後の時までありがとうと言っていたこと。
英語教室で集められた近所の子供らはいろんな子がいた。
貴重なものも置いてあるのに無遠慮に触ったり、わざとへたくそに歌をうたったり、もういいから早くおやつにしろよなんて言う子もいた。
それでもおばさんが声を荒げたところなど、一度も見たことがなかった。
晩年はかなり認知症が進んで、脈絡のないこともいろいろ言っていたし、話の長さにイライラしたこともある。
だけど牧師の話を聞いているうち、私の胸の内に笑顔のおばさんがあふれだして来て、ああおばさんとはもう会えないんだなと思った。
私はこれから神様のおそばに行くのよ。
それは素晴らしいことなんだから、私が死んだときに泣いてはだめよ。
そう娘さんたちに言っていたそうだ。